“列車の中で見た星空が感動的だった。 消灯後、みんなが窓にはりついていた。 見上げると地球の半球が星で埋め尽くされていて、大きな天の川が流れていた。”
体験談より

列車 - 大地を這ってゆく大陸鉄道の旅
飛行機よりも大地を這っていく方が、大地をより身近に実感できます。列車の中で現地の人と話たり一緒にのんびりと時間を過ごせば、中国人の心からのもてなしを体験できるでしょう。
また、列車は黄河や長江を渡り、車窓からその滔々たる流れのみならず、万里の長城の雄大な姿、金色の砂漠、そして果てしなく続く緑の絨毯などが視野に入り、大地の広さを伝えてくれます。
食堂車の雰囲気も旅立ちにふさわしいものです。
この大陸をすべて列車で縦貫するのは、奔流中国ならではと言えます。
体験談「列車の旅」 早稲田大学・湯川隆臣
僕は奔流中国という企画が好きで、2005年夏も47人の仲間の先頭に立ち、シルクロードへの旅を成功させてきました。旅の仲間の結束も固く、帰国後もそれぞれが思い思いのタイミングで会う機会を積極的に作り、夢を語り合い、日常生活のエネルギーへと変えていく、良い関係を作っています。
さて、今回春の旅行日程を手にされた方の中の、多くは寝台車での車中泊が多いことにびっくりされたことでしょう。どうしてホテルに泊まってゆっくりしないのか?どうして飛行機ですばやく移動しないのか?そうした疑問はいくつか考えられるでしょう。しかし、寝台車という移動手段は、奔流中国という旅のコンセプトを非常に良く反映しているものであり、多くのメリットを兼ね備えたものなのです。
それは何か、端的にお答えすると
・
個人での観光の時間を割くことなく、仲間との交流ができる
・ 移動時間を無駄にすることなく、寝ながらにして移動できる
・
中国の国内便の飛行機は、煩雑な手順が多く時間がかかる上、欠航が多い
・
圧倒的に安価、つまり旅費をだいぶ抑えられる
ということなどが挙げられます。
強調したい部分は、効率的である、ということです。個人の価値観によって、効率、という言葉の意味や重きを置くポイントは変わってきますが、奔流中国では単に観光地をまわる「観光」よりも、時に仲間や現地民と語らい、時に自分の時間を持って遺跡や現地の生活をめぐり、一人で深く考える、そうした「旅」を大切にしたいと思っています。つまり、限られた時間内に、できるだけ多くのチェックポイント(観光地) をまわるツアーではなく、それぞれがそれぞれの自由な方法で旅を作り上げて欲しい、そうした個人の時間を多く作るための、効率性の追求のため、寝台車は非常に重要な役割を果たします。
旅の中を少し取り上げてみましょう。想像してください。
一日目(仮に一日目とします)、一日個人で観光。ホテルにて個人の部屋で就寝。
二日目、移動日。午前中に空港へ向かい、昼の便でトルファンへ。トルファンからバスまたは電車にて敦煌へ。ホテルにて個人の部屋で就寝。これが飛行機のルート。飛行機では、個人のスペースも限られてきますし、移動もなかなか簡単にできません。
それでは、寝台列車ではどうでしょう。
一日目、一日個人で観光。夜、駅から寝台列車に乗り込む。寝台列車では簡単に行き来できますし、ゆったりと時間が流れますから、自由に時間を使うことができます。寝るもよし、考えるもよし、その考えを旅の仲間と話し合ってみるもよし、旅の仲間の意外な一面を知るもよし、現地の人々と筆談で会話をするもよし、停まる駅で買物をするもよし、ゲームをするもよし、それらをうまく混ぜるもよし。
そして朝到着し、丸一日観光することが可能。確かに、きれいなホテルと比べれば完璧な寝床とは言えないかも知れませんが、きちんと寝られるスペースも有り、しかもその他の時間もたっぷり取れる。これは非常に贅沢な時間の使いかたであり、同時に賢いと思います。
僕の旅を振り返ってみれば、船や列車、バスでの移動時間にもっとも多くを語り合い、もっとも深くお互いを知ることが出来たと思っています。慌しい日本の生活の中から想像するのはとても難しいかとは思いますが、そこに流れる、ゆったりとした時間。それはとても豊かなもので、それを大切にすることで、自分の心も豊かになるのではないか、と思います。こうした考えに賛同していただける方は、寝台列車を満喫できるだけでなく、奔流中国という旅自体を、非常に実り多い旅だったとして満足していただけるのではないでしょうか。
※ゆかわおみ - 2004年夏乗馬キャラバン初参加、2005年夏蒼々シルクロードスタッフとして参加。