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張宇紹介

張 宇(ちょう う)

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NPO奔流中国代表/キャラバン隊長
東京工業大学工学部卒業、同大学院中退。在学中に株式会社ミクシヴィルを設立。技術者国際派遣業務、日米中株式投資、コンサルティング、広告などを手がける。学部4年の時に日本の大学教育の現状に対する切実な思いから「奔流中国」を発足し、2000年より乗馬キャラバンをスタート。
“時代を切り拓く冒険心、個の強さ、心の自由”を訴え、本物の旅にこだわる。また奔流中国の活動の一環として、中国内モンゴルで牧場建設を建設し、野生馬保護や 中国貧困地区子供教育への寄付なども行っている。

馬上の旅人

2014年6月8日発売
『馬上の旅人 -モンゴルとシルクロードを駆け抜けた十五年-』 kindle版

著:奔流中国代表 張 宇

遊牧民の集落を訪ねて馬を集め、灼けつく砂漠に彷徨い、雪の山脈を越えて、西へ西へ進んだ日々。「奔流中国」代表・張宇が、旅の軌跡を自ら綴りました。

全ての乗馬キャラバンに主宰者が同行し、陣頭指揮をとる。

参加者の安全を守るために、自分が現地に行かないと意味がない。乗馬中の危険は、一刻を争うからだ。外国での乗馬ツアーの指導では、言語力、統率力、集中力、また乗馬そのものに対する情熱と技量が問われ、どれか1つでも欠けていれば参加者を危険にさらすことになる。参加者の気持ちを察知し、馬の様子に細心の注意を払い、サポートする現地スタッフをしっかりまとめなくてはいけない。乗馬に慣れてくると、参加者に油断が生じる。それを戒めるのは指導者の責任だ。乗馬指導中はいつも戦場にいるような緊張感がある。

私が初めて馬に乗ったのは20歳の時だった。以来、多くの危険を経験し、そして指導側・サポート側のわずかな油断で、参加者が危険な目に合う事態も多く見てきた。乗馬指導は、指導者自身が多くのことを経験していないと、とっさ対応ができない。出発前の参加者の期待の顔、そして見送りに来る親御さんの心配そうな顔を思い浮かべれば、全力を尽くさないわけにはいかない。

旅の中で困難に立ち向かう時、指導者の姿勢一つで、彼らを勇者にすることも、弱者にすることもできる。

一般のツアーでは、新たな場所を訪れる度に、添乗員が知っていることをなんでもかんでも説明したがる。今の若者には冒険心がないと言われているのは、こうした過保護な環境で生きてきたからではないのか。私は日本の若者と接する中で確かに弱い面も多く見てきたが、一方で、時代を切り拓いた先人に憧れる気持ちも受け止めた。奔流中国の旅では、安全に関わることだけはしっかり守ってもらうが、危険を伴わないことは好きなようにやってもらう。参加者は奔流の旅で、これまでに学校や社会で経験したこともないような「自由」を感じ、途轍もない心の喜びを感じる。こうして彼らの意欲と自信を引き出せば、若者ならではの冒険心が湧いてくる。自分で道(目標)を決めて踏み出した一歩には、当然責任が伴う。こうした自律的な成長が今の日本の若者にとって最も重要なことではないだろうか。

その場だけのボランティアとは違う、真の国際交流を求めて。

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砂漠の中に、泉がある。何百年も前から存在し続けている、小さな泉。オアシスでは、過酷な自然に囲まれながらも、バザールでは人々盛んに、明るいリズムで踊り、歌う。殺伐とした大地、その寂しさを紛らわすかのように──

今の日本の大学生は表面的な国際交流やボランティアに走りがちだ。古の旅人たちは、国際交流やボランティアのことなど少しも考えていなかっただろう。しかし、自分の商売、あるいは信念のために冒険した彼らは、商品を運ぶと同時に、文化と価値観を東西に伝え、結果的に国際交流に貢献した。今の若者に、命を賭ける程の思いがあって初めて真の国際交流が生まれること、そして、働くことこそが社会貢献に繫がることに、シルクロードの旅で気付いてほしい。

また、現代の若者は物質に恵まれ、多様な価値観の共存する社会に生まれ育ち、時代に流されがちで、“個”の確立が難しくなっている。シルクロードで彼らが目にするのは、砂漠の光景、明るい音楽と力強いリズム、厳しい自然に生き抜く遊牧民……何千年も変わらない価値観と自然に対する生きる力だ。中国の雄大さ、尊厳、変動、人の温もり、大陸の風を感じる中で、若者たちの感情も日々変化していく。

馬と旅することで、若者の挑戦心と勇気が引き出される。

馬に乗らないでモンゴルへ行っても、星空は見える。遊牧民と酒を交わすこともできる。だが、本当の意味の尊重と理解、そして交流は果たしてできるだろうか。モンゴル人のアイデンティティや騎馬民族の誇りはすべて馬に反映されているはずだ。

馬と一体になって大地を駆ける喜びの中で、自然との向き合い方、謙虚さ、思いやり、自分の道を自分で決めること、そして心の自由の大切さに、若者たちは自ら気づく。

古代と同じように馬を移動手段として旅することは、新しい環境エコの意義もある。日本の人による植林活動も意味のあることだが、現地の環境は現地の人の手によってしか改善できないと私は思う。馬でゆくこの旅は、自然との向き合い方を参加者に理解してもらうだけでなく、先進国の人間が敢えて古代の移動手段、馬を選ぶことで、現地の遊牧民に、騎馬文化に対する誇りや馬の意義を再認識させるのだ。馬の需要も喚起し、遊牧民自身の草原保護への関心を高めることができる。