「船の時間、列車の時間、街中の散策。景色に驚き、生命力に満ち溢れている人たちに出会い、そして、酒に語った。」
同志社大学 塩田 友(蒼々シルクロード参加)

毎日が刺激的で、本当に有意義で一生忘れない旅になった。大阪港を出航し旅は始まった。中国大陸、西域シルクロード、先人たちが歩んだ道を列車とバスで横断。馬と大草原を思いっきり駆けた。夜は遊牧民と踊って歌った。バザールを散策。上海の大都会のド真ん中の公園でストリートサッカー…思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡っている。苛酷な自然環境の前にたじろいだ。古代の遺跡の前に足が止まった。生まれて始めてこんな澄んだ空を見た。星が近く、月が明るく、真っ青な青。今まで生きてきた自分というものを見つめ直す機会になった。
モンゴル族、ウイグル族、カザフ族と、様々な民族が共存するシルクロード。それぞれに文化と歴史、そして文明があり、そのスケールを正直、つかめないけれど、歌や踊りに凝縮されているように感じた。栄枯盛衰が激しいシルクロードの道の瀬。大切に大切に守ってきた誇りを感じた。今の自分のアイデンティティって何なんだろうって思った。
そして、初めて砂漠に立った。目で見、耳で聞き、体で感じた。雄大で、何もかもを飲み込んでしまうような深みがそこにあった。悠久の大地。日本の都会では決して感じることのできない、自然の強さ、冷酷さ、空の、天のでかさ、それらを肌で感じられる場所に僕がいた。
馬と大草原を駆けて、風になるって言葉の意味を少し感じられた気がする。今まであまり気にかけなかった風の音に耳を傾け感じたくなった。
船の時間、列車の時間、街中の散策。景色に驚き、生命力に満ち溢れている人たちに出会い、そして、酒に語った。言葉の壁にぶつかりながらも、その壁を越えて手を差し伸べてくれる人の優しさに触れた。握手したことにより、人の力強さ、温かさに触れた。
そして、なによりもこの旅には音楽があった。二人のギターリストが、バスの中、電車の中、船の中で演奏してくれた。音楽は人の心を豊かにしてくれる、つなげてくれる。最高の思い出になった。
どんな言葉を選んでも伝えきれない凄まじいものがあった。今はこの旅で感じたことを整理して動き出すだけ。これが始まりのきっかけ。(学生生活)残り半年必死に自分の思いに向かって爆走しようと思う。
全国各地から様々なバックボーンを持ったメンバー。皆の個性に触れて、自分を大きく大きく成長させてくれた。確かに自分自身はちっぽけだけど、一人じゃない。あんなすごい仲間に出会えたから。そんな旅であった。だから、この言葉に尽きる。すべてに向けて、「本当にありがとう」。さぁ明日から現実世界に戻って動き出そう。
「本物の空と大地がどんなものかを知ってから、様々なものの裏側に、本当の価値があることを考えるようになりました。」
多摩美術大学 坂田 光(モンゴル乗馬キャラバン参加)

私の参加した乗馬キャラバンがどんな旅だったか、お話ししたいと思います。
私は大学のポスターを見て、せっかく時間があるのだから学生のうちに旅をしてみよう、という軽い気持ちで参加しました。
説明会に行ったので、私自身はたいしてキャラバンに心配はしていなかったのですが、「ちょっとモンゴル行ってくるわー」と言ったとたんに周りの反応がすごくて、「食べ物が合わなくて何キロやせた」とか「乗馬は尻がズルムケになる」とか、さんざん脅されました。
もしかするとこの文章を読んでいるみなさん自身も心配かもしれませんが、この先は、そのようなことについての話も交えながら書きたいと思います。
《船の旅》
中国までは船です。片道2泊3日の間ずっと船の上ですが、大きな船で揺れが少ないので、船酔いしている人は一人もいませんでした。
長い道のりなので、退屈するんじゃないかなー、とも思っていたのですが、それも全然平気でした。
このツアーは一人で参加している人ばかりなので、お互いに自己紹介したり、トランプしたり、それだけで退屈はしません。
甲板に出れば、どこを見ても波しかない、という光景が新鮮で、私は何時間も海を見ながらぼーっとすることもありました。
また、私たち以外の乗客はほとんどが中国人で、ただ座ってテレビを見ているだけでもなぜか「日本人と違う」感じがする彼らのことを(ちょっと失礼ですが)しげしげと眺めたりして、こっそりスケッチしたりもして、中国に着く前から、異国情緒を満喫しました。
船が着く天津港は、かなりの都会です。いわゆる「現代の中国」らしい建設ラッシュや、晴れの日も霞がかかったような空が見られます。
ここから乗馬をする内陸部まで一日半くらいかけて移動し、フフホトに着きます。
バスから見える景色は移り変わりが激しく、中国の色々な面を見る事ができるので、これにも注目してみてください。
各地のホテルに宿泊します。衛生面などが気になる人も多いかと思いますが、泊まるのはかなりいいホテルです。
特にフフホトで泊まったホテルは本当によくて、日本のビジネスホテル以上に清潔で快適でした。
フフホト自体もかなりの都会で、夜になればネオンがピカピカ光っていますし、映画館やマクドナルドまであります。
でもその一方で、中心部から15分くらい歩けば、地元の人が集まる酒場や市場があって、朝になるとロバがリヤカーいっぱいの瓜を運んでいたりします。
これから行く人には、ぜひ自分の足でフフホトを歩いてみてほしいと思います。
フフホトは都会的な便利さもあたたかい人間同士のつながりも、全部がごちゃまぜになった、本当の「なんでもある」街です。
少し早起きをして、ホテルの朝ご飯をパスして、街の屋台や商店でご飯を食べてみてください。言葉の問題は全く心配いりません。
中国ですから、漢字の筆談でわりと意味が通るし、こっちが外国人だということがわかると、あちらの人も一生懸命理解しようとしてくれます。
身振り手振りや表情を思いっきりつけて、筆談も駆使して、話が通じたときは、通じた瞬間に相手と一緒に何かをなしとげたような気持ちになります。
一瞬で友達になれるような感じです。市場でぼったくられた、というのは海外旅行でよく聞く話ですが、少なくともフフホトではそんなことは全然なく、私が行った果物市場のおばあちゃんは、これでもかとプラムをオマケしてくれて、友達と一緒に嫌というほど食べました。
実は私、プラムの食べ過ぎでお腹を下したのですが、でもそれを売ってくれたおばあちゃんは、意気投合して「友達」になった間柄なので、素敵な思い出です。
《乗馬キャラバン》
フフホトに一泊した後は、バスで草原地帯に入り、いよいよ乗馬です。
これから行く人が、一番心配なのは乗馬の安全面だと思います。
私は、日本での乗馬経験は一度もありませんでした。
一緒に行ったメンバーにも、乗馬経験のある人は誰もいませんでした。
でも率直な話、初心者でも、張さんからの乗馬指導をまじめに聞いて言われた通りにやれば、ケガはしません。
馬に後ろから近づかないとか、手綱をしっかり握るとか、そういう決まり事は、守らなければ人間がケガをします。
でもそれは、馬が凶暴で危険な動物だからケガをするのではなくて、馬が恐がりな動物で、馬が人間より大きいから、気配りを忘れたときに小さい人間の方がケガをしてしまうだけなのだと思います。
必要な注意をしっかり守れば、馬には安全に乗ることができます。大切なのは、馬を理解しようとすることです。
ただ、5日間という短い間で、「人馬一体」の言葉通り、思うままに乗りこなす、というのはむずかしいです。
馬が行きたい方に、行きたい時に行く、それに私が乗っかっている、5日間のほとんどはそんな感じでした。
キャラバンの間は一日中、どうやったら馬に気持ちが伝わるか、遊牧民のスタッフのように走れるか、そればかり悩んでいました。
真剣に悩んでやっと、ちょっとだけ伝わるかな?という感じです。
でも、そんな乗馬の中でとてもよく覚えているのが、雨が降った日のことです。
モンゴル高原で夏の雨は珍しいはずなのですが、私の隊の乗馬2日目は、朝からずっと雨でした。
高原なので雨が降ると防寒しても寒くて、みんなガタガタ震えながら馬に乗りました。
もちろん傘も雨ガッパもなくて、ずぶぬれです。馬も鞍ごと全身びしょびしょでした。
鞍にまたがった時からお尻が冷たいし、水滴で視界も悪いし、これを一日我慢するの??なんて思っていたのですが、出発してしばらくすると寒くなくなってきました。
お尻と足から、だんだん暖かくなってきたんです。乗っているのが馬だから、馬の体温が伝わってきて、とても暖かいんです。
きっと馬にも私の体温が伝わっていたはずで、そう思うとなんだかすごく安心しました。
きっと、雨が降らなかったら気づかなかったと思います。
この日に、頭ではなく体で、馬を乗り物や家畜ではなく、パートナーとして感じました。
ほんの入り口だけど、人馬一体は、この延長にあるのだと思います。
慣れない最初のうちは、体中が筋肉痛になるし、やっぱり馬が怖い、という人もいますが、3日目ごろにはほとんどの人が馬に乗ることを楽しめるようになってきます。
のんびり歩いていた馬が本気になる瞬間の気迫や、丘を全速力で走るときの、景色がごうごう流れて、風が全身にぶつかる気持ちよさは、言葉ではとても表現できません。
実際に体験するしかないと思います。
また、キャラバンの間には、乗馬以外にも街ではできない経験がたくさんあります。
なかでも、乗馬と同じくらいに印象的だったのは、モンゴル高原の夜空でした。
街から何十キロも離れた草原の真ん中なので、星の光の邪魔になるものは何もないのです。
「満天の」とか「降ってくるような」なんてありきたりの言葉では表しきれないほど無数の光が見えました。
夜空のなにもないところまで、銀色に底光りをしているようで、「きれい」を通り越して「こわい」と思うほどでした。
ちなみに、キャラバンの移動中、お風呂やトイレの設備はほとんどありません。
モンゴル高原はとても乾燥しているので、汗はすぐに乾いてしまい、お風呂がなくても汚さは全然問題になりません。
トイレも、宿泊するベースキャンプには、垣根で囲んだような場所はありますが、そこにあるのはただの穴です。
でも、あまり不便は感じませんでした。はっきりいって大草原でする青空トイレは本当に気持ちいいです。
キャラバン中のトイレが人生で一番ぜいたくなトイレだった気さえします。
そういう体験も、乗馬キャラバンの醍醐味のひとつだと思います。
5日間の乗馬キャラバンを終えると、どんなにきれいな景色を見ても、走る馬の上から見た光景にはかなわないと思うようになっていました。
ガラスも窓枠もない、見渡す限りどこにも遮るもののない景色は、馬の上でしか感じられません。
フフホトに戻るバスの間は、バスが狭くて、草原が名残惜しくて、涙がポロポロ出ました。
今でも、広い草原で感じた景色はよく覚えています。できることなら、もう一度行きたいと思っています。
《さいごに》
「奔流中国」の旅から日本に戻ると、ホームシックのような気持ちになります。
本当の空も地面も、日本では見ることができないと感じます。
街は窮屈すぎるし、晴れた日の空も、草原で見た空に比べたら全くの灰色です。
でも、本物の空と大地がどんなものかを知ってから、日本の空を見ても、この空は本当はもっと大きくて美しいんだ、と思えるようになって、さまざまな物事の裏側に、本当の価値があることを考えるようになりました。
この旅では、仲間もできました。たった2週間の間に、何年もつきあったような友達が何人もできる、そんなツアーは他にないと思います。
ドラマチックな体験を分け合ったからこそ、上辺だけの付き合いでない、価値観を共有できる友達ができたのだと思います。
「かけがえのない体験」とか、「人生が変わる」なんて言葉は、ちょっと聞くと眉唾のようですが、「奔流中国」の旅には、正真正銘、一生の宝物になる経験があると思います。
今まで私が話したことには、なんの誇張も、嘘もありません。感じたこと、そのままです。
文化や生活が違うことや、はじめてのことを怖がる必要は全然ありません。
この話を聞いて、みなさんに、乗馬キャラバンに参加したいと思ってもらえたらうれしいです。