「優しさでも甘えでも、甘やかしでもなく、厳しさの中で生まれる信頼を知った。それがどんだけとんでもないものなのか、その片鱗を知った。」
立命館大学 富永 武嗣

駆ける。
笑う。
生きる。
目の前の刹那にその瞬間の自分全てを費やした半月が終わって、街に戻れば、いくつものことを同時にこなさなければならない生活が戻ってきた。
全てが目まぐるしい速度で動いていて、少し呆然としている。
厳しい旅だったように思う。
日中の気温は25度近くになり、日差しで皆顔の皮が剥けた。
日が沈めば気温は5度を切り、焚き火に当たっても歯が鳴った。
朝、草原式乾パン、塩入りミルクティー。
昼、小さなパン、ソーセージ、クラッカー、リンゴ、お茶。
夜、ついさっきまで生きていた羊の塩茹で、お茶。
草原にいる間はひたすら毎日同じ食事が続いた。
風呂も便所もなかった。
砂と汗と脂で髪は獣の毛のようになった。
物陰は必然的に女性陣に割り当てられたので、男は丘を越え用を足しに行った。
毎日10時間近く行った乗馬による移動で、体はたちまち悲鳴を上げた。
それでも毎晩、草原の民と焚き火を囲み、酒を酌み交わし、羊を喰らい、唄を歌い、夜空を見上げた。
当たり前に天の川が見えた。
数百年前に滅んだ街の上に、その頃と何ら変わらないであろう月があった。
自分なんてものは、明日馬から転げ落ちて無くなるかもしれないちっぽけなものなんだということに、そのとき改めて気がついた。
自分の小ささがひどく心地よかった。
悠久の時をその地で過ごしてきた草原の民と、滅んで土くれになりつつも、その威容を今に伝える古い街。
そしてそこに何も言えずに突っ立っている自分。
彼らの雄大さの中で、自分という存在が如何に小さいかを知った。
言葉の通じないこと、食事の粗末なこと、馬を操れないこと、更には気候の厳しさにまで不満を並び立てるオレたちに対して、
草原の民は食事を与え、馬の世話をし、唄を教え、草原での生活を教えてくれた。
彼らの大きさにただただ頭が下がった。
乗馬は常に戦いだった。
馬との。自分との。他人との。
馬は当然、自動車やバイクじゃない。
意思も性格も持ち合わせた一つの命だ。
それを操るということの意味を、オレは知らなかった。
乗り手側に強い意志が、技術が、度胸がなければ馬と人は一つになれない。
馬は黙っていても走る。何もせずとも走る。
馬は群れを作る生き物だ。当然キャラバンを組んで移動すれば滅多にその中から飛び出したりはしない。
鞍も鐙(あぶみ)もある。人間だってそうそう落ちはしない。
だけどただ跨っていても、馬を操ることは出来やしない。
好きなときに好きなように走る馬。
乗り手の行きたいところへ行かず、ただ群れに追従する馬。
乗り手がいようといなかろうと、同じように走る馬。
そんなものは道具として役に立たない。
草原では動物は徹底的に道具だった。食料、移動手段、運搬手段。
彼らは動物を利用する際には、情け容赦もなく利用し、どんな過酷なことも平気でさせた日本人が思わず目を背けるようなことも眉一つ動かさずに平然とした。
そもそも馬の方向転換、停止は轡(くつわ)で行う。馬の口に嵌められたあの鉄の輪だ。あれを右に引っ張ると口の右側が痛むので馬は右に曲がる。真っ直ぐに引くと痛みが増すので馬は止まる。馬の操り方の根本からしてそこに優しさは不純物であり、人間を遥かに凌駕する力を持つ馬の制御は、そういった日本人が抱きがちなくだらない感傷を拒むのだ。
二日も経たないうちに、オレは馬に対する優しさを捨てた。
甘ったれた感情、中途半端な思いやりを持ったままでは馬は操れないことに気が付いた。
容赦なく手綱を引き、恥も外聞もなく草原の民の掛け声を真似た。
徹底的に上下関係を叩き込もうと思った。
周りを見渡せばこう言うのも何だが、差は歴然だった。
上手く乗りこなす経験者ほど、馬に対する甘えも甘やかしもなく、馬に優しい声をかける者ほど、馬に翻弄されていた。
思いやりも、優しさもあった。馬を乗りこなす者たちにも。それは当たり前のことだ。
人馬一体という言葉にも表れている。
そう。
馬に乗るという唯一の馬との対話を通して、人と馬は一つになれるということをある日の夕方、オレは知った。
馬に乗って一週間ほどが過ぎたその日、リーダーである張さんから『危なくなる前にすぐに言え』と普段はベテランしか乗ることを許されなかった気性の荒い馬を渡された。
危険なシーン(夕焼けの中の全力疾走。撮影用に選ばれた3人で隊を外れ、時速50~60キロで走る撮影スタッフのジープを全速力で追いかける)の撮影をするという。
あんなに膝が震えたのは久しぶりだった。
時速50~60キロ、全力で馬と草原を駆けるということは、間違えば簡単に死ぬということだ。
草原といえど石はゴロゴロしていたし、落馬したときに運悪く後ろを馬が走っていれば蹴り殺される。ヘルメットなんかもちろんない。
一週間前まで馬に乗ったことのない奴でそのメンバーに選ばれたのはオレだけだった。
事前に言われた。
『絶対の自信がないなら今、隊に戻れ』と。
実はオレは、その前日に一頭の馬から降りていた。
気性が荒く、遊牧民や経験者が乗ると走りたがる馬だったが、オレが乗ると不思議と大人しくなった。
張さんに『疲れていて走りたくないのだろうか?』と聞くと『トミの技術がまだその馬の安心するレベルまで達していないからだ』と言われた。
あれほどの恥はなかった。
馬のほうがこちらを心配してくれていたのだ。
今自分が全力で走れば上の坊主を落としてしまう、と。
その日は一日、ひたすら自分の乗馬を考え直した。
どうすれば馬が自分を認めてくれるのか。どうすれば馬が安心して駆けられる乗り手になれるのか。
悪い馬などいないのだと思った。
いるのは馬にケチをつける小さな乗り手だけなのだと思った。
そして次の日の夕方、この問いを投げかけられた。
隊列に戻れるわけがなかった。
内心の不安と戦いながらジープを追って走り出した。
姿勢、手綱、膝。意思。全てに限界まで意識を配った。
ここで遅れてしまうなら、ここに置いていかれてしまうなら、草原に来た意味はないと思った。
始めは躊躇しがちに走っていた馬が駆け始めた。
駆けた。
速く、速く、ジープを追い越すほどに。
ジープを追い越しかけたので手綱を引いた。馬が速度を緩めた。指示通りに。
暴走じゃない。確信した。
こいつは今、自分の好き勝手に全力で駆けてるんじゃない。
オレと一緒に駆けてくれている。オレを認めて全力を出してくれている。
オレとこいつ、なんてつまらないものじゃなくて、『オレたち』になれている。
目の前のこと以外、全てが頭から消えていた。
日本のことも、一緒に来た仲間も、撮影隊のジープも、昨日も明日も、そのときは頭になかった。
自分と、自分の駆る馬、そして馬と自分の呼吸。
それだけがそのときの自分の全てだった。
一メートル、一歩、一瞬のためにその瞬間の自分を使い尽くした。
笑った。こんなのは初めてだった。
全力疾走。
人馬一体。
腹の底から笑いながら、このスピードで何かを間違えれば死ぬぞ。と頭の冷静な部分が呟いた。
構わなかった。
止めるか、死ぬか。
今この瞬間に死ぬならば、それはそれで仕方がないと思った。悔いはないと思った。
『よっしゃ!行こうか!』
いつの間にか現地民の真似をやめ、自分の言葉を叫んでいた。
周りを見れば、一緒に走る他の2人も笑っていた。叫んでいた。
意味のない言葉。
心の底の形にならない、だけど溢れ出して止まらないものを声にしていた。
茜色に染まった草原で、真っ赤な空を仰いで、心の底から。
次の瞬間には誰かが大怪我をするかもしれない状況の中で、
3人で心の底から笑っていた。
張さんから止まれの合図が入り、疾走を終えた後、呼吸と鼓動が大変なことになっていることに気が付いた。
馬も息が上がっていた。首を掻いてやると大きく息を吐いた。
優しさでも甘えでも、甘やかしでもなく、厳しさの中で生まれる信頼を知った。
それがどれだけとんでもないものなのか、その片鱗を知った。