「この旅は私の体を運んでいく旅じゃない。心を運んでいく旅なんだ。」
日本女子大学 菅納 彩

私はどこに向かって走っていたのだろう?
私は何に向かって走っていたのだろう?
モンゴルの大草原で馬とひとつになって考えた
これは私の体を運んでいく旅じゃない
心を運んでいく旅なんだ
ものすごい勢いで駆け抜けている時、私と馬は一つになって風をきった。
風は音だけでなく恐怖心も与えてきた。
けれど、もっと上手くなりたい、もっと早く走りたい。
自分じゃないくらい大胆になれた。
船と列車とバスに揺られて4日間、モンゴルの大草原に着いた。
生まれて初めて“本当の草原”を肌で感じた。
お昼の後、主宰者の張さんの乗馬講座が始まった
皆静かに、真剣に聞いていた。
今までのガイドと違って、張さんの優しい声の中に、厳しさを感じた。
少し心配になった。
(キャラバン初日)
馬が集まってきた。
目の前の馬達を見ても、これからの五日間を現実としてなかなか受け入れられなかった。
初乗りは大胆に走りたい人とそうでない人と分けられて、皆一頭ずつ馬を割り当てられた。
いざ乗ろうとすると、慌てた。
教えてくれたことを忘れそうだった。
馬は勝手に動き始めた。
最初から楽しんでいる子がいればキャーキャーと声を出す女の子もいた。
お尻を鞍にぶつけて痛くなったけど、馬の揺れはとても気持ちよくなっていた。
60頭が一団になって歩くなんて、想像もできなかったけど、実際その一員になるとそれは確かに現実だった。馬の背の上で見た夕日はとてもまぶしかった。
夜になるとキャンプファイヤが始まった
みんなで火を囲んでホーミンや馬頭琴の音に聞き入った。
夜空に広がる数え切れない星たちの下で、初日の夜は更けていった。
(キャラバン二日目)
草原の朝は早い。
けれど、太陽が昇ってくると夜の寒さと一転して温かくなってくる。
晴れ渡る空と温かい風で始まる一日。
出発前、張さんからキャラバンの目的と目標を告げられた。
前日と違ってこの日は本当の遊牧民の住む大草原へ進んだ。
また見たことのない目的地へ、馬は進みだした。
草原は果てしなく広がっていく、幾つもの山を越えてまた続く。
二日目なのに、駆け足で進んだ。馬の上にいると、わずか一メートル高くなるだけで、
なぜか見える景色はまったく違う。世界が今まで見てきた何倍にも感じた。
丘の上で昼休憩を取る。スイカなどの果物が用意されていた。
スイカは今まで食べた中で一番甘くて、おいしかった。
近くの丘の上にあった、祭壇のようなものへ行った。
それは、オボーというもので、天の神様を祭るための場所らしい。
オボーからすべての方向を見渡せる。
どの方向も地の果てまで見えた。
緑のグラデーションが見えた。
草原の起伏が見えた。
初めて草原に道があることに気付いた。
その道をただひたすら走り続け、その日の宿泊地にたどり着いた。
自分の目で遊牧民の生活を見てみるとそれは楽しいようで厳しいものだった。(ゲルのシーンも)
張さんから遊牧生活の現状を聞いた。
そして、私も遊牧民の人達も同じ地球に住んでいることを改めて知った。
本物のゲルはとても床が固い。
けれど、大地に横になって寝るのは贅沢なのかもしれないと思った。
モンゴルの大地に響く馬のいななきも聞きながら眠りについた。
(キャラバン三日目)
朝はいつも温かく、時間がゆっくりと流れる。
この日走る道は古代シルクロードの北のルートだった。
遠くを眺めても何もないこの大地に、古代から人々が行き来していたことを思うと自然と
胸が高鳴った。
草原は波を打ってどこまでも続く。
思い切って風のように走る。
風が向かってくるのではなく、風に向かって走る感覚を感じ始めていた。
午後の道はそれまでと違い、一面の畑の中を通った。
道は細く馬を操って道を通りぬけてゆく。
幾つもの街が見えた。見慣れない遺跡のような街。
しかし、人はそこに住んでいた。
街を通り抜けると又草原。遠く見える馬の群れを目指すように全員が駆け足で進んだ。
三日目になるとひざもお尻も痛みを感じなくなっていた。
宿営地に着いたのが早かったので付近で発見された無名の壁画を見に行くことになった。
何千年も前の壁画が荒野の中に点在していた。
絵は動物をモチーフにしたものが多く、原始的だが生き生きとしていた。
壁画のところで夜を待つ。
ただそれだけのために皆が、岩の上・草の上に寝転がった。
地平線から昇ってきた月は見たことのない色で鳥肌がたった。
「美しい」って「綺麗」って何なのだろう?
闇に浮かぶ月の下で私の世界は少しずつ、けれど確実に広がっていった。
(キャラバン四日目)
穏やかな朝日の中で動き出すものもいれば、そこで動きを止めてしまうものもいる。
朝の羊の解体は私たちが普段忘れている「食べる」ということを肌で感じさせてくれた。
キャラバン隊は出発した。今日はひたすら広い草原を進む。
最初の頃とは違い、景色を楽しむ余裕があった。
もう、馬は知らない動物じゃなく、私をここまで運んでくれたパートナーだった。
張さんの合図で皆丘の上を目指して駆け出した。
先頭の馬たちに追いつこうと必死に走る。
流れる風景はとても早いのに、なぜかはっきりと見えた。
頂上で馬が止まった時、みんな顔を見合わせて笑った。
嬉しくて、目はきらきらさせて心の底から笑った。
心が旅をしている。
馬に乗って、遠くの山を目指して移動した。体は本当に疲れたし、帰りたいとも思った。
けど、どんなに疲れていても次の山を越えたかったしまだまだいける気持ちでいた。
瞳に映るすべての景色が心にとけこんでいく。
不思議なことに、時間はゆっくりだけど着実に進んで、キャラバンは私たちをゲルに運んでくれる)
馬から下りると何故か泣いてしまった。
明日一日しかないと思うと、思わず涙が止まらなかった。
一人、丘を登って夕日を見た。
綺麗で、鮮やかで、強かった。
この数日で見たどの夕日よりも私の中に入ってきた。
「あの山を越えていこう、どこまでも。日本に戻っても、社会人になっても。」と。
沈んでゆく夕日を見て、そしてまた涙が溢れた。