“キラキラした目で帰る”
それは私が旅に出る前に決めたこと。
・・・
たくさんの光るカケラを拾えた気がする
そのカケラは集まって大きくなってきっと強い光を放ってくれる

同士社大学 岡野正裕
(張さんへ、)
この旅、行く前はほんとうに、どんな旅になるのか想像すらつきませんでした。船に乗り、中国へ行き、人と出会い、別れ。自然を感じ、自分の小ささを感じました。この旅は、僕の人生において、とても大きな意味をもつ「発見」の連続でした。誰が何を言おうと、人生最高の旅(まだ21年しか生きていませんが)であると実感しています。残りの学生生活や、これからの人生で、この旅に負けないくらいの、旅をしたいと考えています。
旅の途中で、張さんが話をしてくれた、中国のこと、シルクロードのこと、人生のこと、(もっともっと聞いておけば)という気持ちでいっぱいです。でもこれからが始まりだと考え、この先ずっと、良い関係を保っていただきたいと願っています。
張さんには本当に感謝しています。またお会いするのを、心から楽しみにしています。それまで、お体に気をつけて!ありがとうございました。
旅の感想、そう考えただけで、いろんな事、いろんなもの、いろんな人の顔が走馬灯のように浮かぶ。うまく書けるか自信はないが、とりあえず感じたものを書き留める。
「人間として生きる。」 今まで、少しは自分の力で生き、何とか一人でやっていけるかもと考えた自分を、この旅で恥じた。僕たちは、決して一人では生きていけないし、生きていこうと考えるのも、今となっては馬鹿らしい。列車で、言葉の壁にぶつかりながらも、その壁を越えて手をさしのべてくれる人のやさしさに触れた。街中で、カメラを向けたり、目が合うだけで笑顔を返してくれる人々の陽気さに触れた。そして手をさしだしてもらい、握手したことにより、人の力強さ、温かさに触れた。一人では決して味わえず、知ることすらできないものに、「人間として生きる。」ことで出会うことができた。
そして、どの国の子供達も、みな一様に元気で、何事にかけても一生懸命ぶつかっていこうとする。こっちも言葉というものが通用しないため、体でそれを受け止め、体でそれに応えた。まだ物理的な力は小さいかもしれないが、彼らには生命力が満ち溢れている。だから彼らの目に力があった。
そして、初めて砂漠に立った。目で見、耳で聴き、体で感じた。雄大で、何もかもを飲み込んでしまうような深みがそこにはあった。悠久の大地。日本の都会では決して感じることのできない、自然の強さ、冷酷さ、空の、天のでかさ。それらを肌で感じられる場所に僕はいた。
シルクロードを渡った。遠い昔の人々の「東西交易の道」という名があるが、それよりふさわしい名「生命の道」。人々は生きるために道を渡った。何があるのか、どこまで続くのか、何もわからないまま、ただただ生きるために、明日を向かえるために。そこには、真に強い意志と、生への執着心がなければならなかっただろう。僕達の忘れかけているものが、そこにはあった。確かにあった。
この旅は、「人間として生きる。」ことの難しさを、そして素晴らしさを、出会いの大切さを教えてくれた。
そんな旅であった。だから、この言葉に尽きる。すべてに向けて、
「本当にありがとう」。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
宋 陽香
大地の海には
音が無く
ただ響くものは
自分の息遣い
そして
愛すべき人たちの声
ただただ
感じたのは
人の温かさ
人間のすばらしさ
ただただ
満たされた
ただただ
感謝の気持ちでいっぱいです
ありがとう
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
梨紗
シルクロードを、
タクラマカン砂漠を旅して
自然のパワーを感じた。
地球の大きさを実感した。
自分の小ささを感じた。
時の流れを体で感じた。
たくさんの人の暖かさに触れた。
遠く離れた日本でも、
ここシルクロードでも、
みんな
それぞれの場所で
そのときそのときを生きている。
変わらないんだなと思った。
そして
私は私らしく生きていこう
そう思った。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
林 奈央子
この旅に出会ったきっかけは、
一枚のポスターだった。
雄大な大地を駆け抜ける馬のシルエット。
瞬間、それは目に焼きつき、
その土地への興味が沸いた。
ホームページには、憧れの土地「シルクロード」の文字が。
壮大な音楽にのせた紹介映像や写真を観るうち、
その土地へ行ってみたい、人や文化に触れてみたいという気持ちは、
どんどんと膨れ上がっていった。
そして、この春、私たちはその憧れの地へ旅立った。
初めての中国。
上海、そのパワーに圧倒された。人も街も活気に溢れていた。
イメージとしての中国。西安まではそうだった。
敦煌、そこからは少しの違和感。ウルムチ、違和感。
中国であって、中国でないもの。イスラムの世界。
顔も色々、食べ物も違う。でも街に漢字は溢れ、中国語は通じる。
ここはどこだ。
そう、ここはシルクロード。文化の交流地点。
様々なものが入り混じり、共存する世界。
砂漠、どこまでも広がる砂の海。シンという音が聴こえる気がした。
そしてカシュガル。いくつかの「スタン」と最も近しい街。
ここはどこだ。ここは。
旅行前、祖母にとても心配された。
二十数年前、母の北海道旅行に、曾祖母も同じように不安がった。
世界は確実に狭くなっている。
メディアは網目のようで、社会は情報にあふれ、
ユーラシアの奥地でさえも共通点は至る所に転がっている。
しかし、そこには確かに、違うものも、息づいていた。
初めて観るもの。初めて聴く言葉。初めて口にするもの。
初めて出会った感動。日本各地の仲間。列車で行く旅。
世界はやっぱり広い!
私は忘れない。忘れられない。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
松浦 愛子
ここの人たちはみんな生きることに必死で、
その必死な生き様を楽しんでいるように見えた。
少ない緑、バザールの活気、ほこりっぽい空気、
人々の表情、生きるのに大変な場所で、
そこでのわずかな生命に感謝して生活している
人々のおおらかさと、ず太さを
私も欲しい。
そして、このスケールの大きい人たちをさらにゆったりと
包み込む中国という国。
自分の中に、この大陸的な部分を取り込めたら
いいな。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
立命館大学 2回 小林 千里
“キラキラした目で帰る”
それは私が旅に出る前に決めたこと。
過去に奔流に参加した人が目をキラキラさせて帰ったと聞いた。
その時から決めていた。
「私もそうなる」と。
この旅で、シルクロードに立って、いつも考えた。
自分は今なぜここにいるのか
どうしてここにいられるのか
人と人
人と大地
色のない世界
時の止まった町
現在(いま)いる世界
目の前の世界
何をどう感じていいのか
何を想ったらいいのか わからなかった
自分を中心に見ている世界
枠の外からのぞきこむ世界
同じ世界を感じたくて行ったのに どこか入り込めない
今ここに立っているのに 現実なのか何なのかわからない
いろんなことを考えた そしてたくさん悩んだ
私はこの旅で本物の贅沢をどれだけ知ることができただろうか
本当の意味での豊かさを。
何か大きなものをつかみたくて実感したくてこの旅に来た
でもまだ何がつかめたのかはわからない
それでもたくさんの光るカケラをひろえた気がする
そのカケラは集まって大きくなってきっと強い光を放ってくれる
みんなと出会えた
たくさんの刺激を受けた
自分自身を見つめ直した
みんなと旅ができて本当に良かった
それだけでも私の大きな財産となった
私はキラキラした目で帰ってこれた。
そんな気がする。
確信のない旅
でもそれはこの先に大きな可能性を秘めたものであると
私は強く信じている。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
中村 仁美
思へば短し3週間
ひとつひとつを取り出して
あな良きかなと思ひ慰む
時を刻みぬデジカメの
プレビューばかりを繰り返し
映りては浮かびし微笑みの
まばゆく光りし思い出は
我ら旅人の心にありけり
友と語りし列車の夜
タクラマカンの砂の波
各地で別れた人の笑み
砂漠、イスラム、シシカバブ
ラクダ、バザール、干葡萄
我らの光りし栄光は
我らがつくりし上にありけり
思い出たるはやほよろづ
その色たるもやほよろづ
今があるから過去があり
過去があるから今があり
それがいくばく苦くとも
それがいくばく甘くとも
必ず思い慰みて
明日へ明日へと繋げるは
おのが生きし証なり
帰国、日常、春桜
まだ見ぬ未来が弥生なり
我らの弥生なり
船は神戸に着岸する。晴天。光る海に船体が反射する。眩しい。3週間前と同じはずなのに何かが違う。確実に違う。自分の中で成長していく何かを確かに握り締めた。時代を切り開いていく。自分の可能性を信じる。力を信じる。未来を信じる。
広い世界を見たい。もっと世界を見たい。不安はあるけれど、少しだけ背伸びをしてみたら空へ近づいたような気がした。世界に近づいた。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
大野 理子
奔流中国に参加して。
中国に、砂漠に、シルクロードに行って来たのだ、と実感が湧いたのは、帰国後、しばらく経ってからでした。帰った後、留守中の間の新聞を読んで情報を仕入れたり、友達と会って買い物したり、バイトに行ったりと、結構スムーズに日常に戻っていたので、こうやって、3週間で経験した事、この目で見た事も耳で聞いた事も、ただの思い出になって、忘れて行ってしまうのかなぁと寂しく思っていたりもしました。
けれど1週間くらいして、お店に入って店員さんにxiexieと言いそうになっていたり、順番待ちにいじっかしさを感じたり、横断歩道を渡る時に「右見て左見て」ではなく、「左見て右見て」になっていたりする自分がいる事に気付いたのです。その時、はじめて思っていた以上に、自分があの非日常に無意識のウチに染まっていたコトに思い当たり、シルクロードを旅して来たんだという、言葉に出来ない気持ちがじれじれとにじみ出て来ました。
私は、今年大学3年生となり、気楽な学生生活を謳歌する事が出来るのも、ついに後2年を切ってしまいました。この大事な節目となる2年の春休みに、奔流中国に参加し、様々な経験をした事は、きっとこれからの人生を乗り切る大きな糧となると思います。また、そのような体験を3週間、皆様と共に味わう事が出来た幸運を感謝したいと思います。最後(船での)、スピーチでも言いましたが、本当にありがとうございました。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
与儀 理津子
私の中の言葉をまだみいだせずにいます
文の代わりに、私の尊敬する詩人、草野心平の詩を二編おくらせて下さい。
シルクロードへ旅する前は、『牡丹圏』、なんだか曼陀羅チックな詩だなと思っていたのですが… 旅から帰って読み返すと、不思議と私の中にその意味がながれ込みました。そして、その印象はシルクロードの肌ざわりによく似ています。
躍動する大地を私はまだ捉えられそうにありません。
ただ、私はこの道に人間を感じました。
砂地をめくれば、こんこんと血がめぐるような、人間と同じ体温を。シルクロードという名を人がつけたように、人が会する事によりこの道が生まれたように思います。悠久の大地は、ひどく人間くさく且つ自然的。それは、人と自然との融合なのかもしれません。
そして、砂漠には、人すらも砂に変えてしまう静寂を。そこにあるがままの姿で何万年も。風の音さえ風紋にして。その風采に、いつだか私も飲み込まれそうになりながら、皆の笑い声に、はっと気づく事ができました。そこにも人の温かさがあり、嬉しくなってしまいました。
シルクロード、魅力的な場所であり、危地な場所です。近い未来、その秘密を文章にできればいいと思っています。
いつか、私が砂になる頃。皆の笑顔を忘れていませんように。
たくさんの感謝と私たちの未来に祈りをこめて。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
ジュンガル班 大塚 香
この美しい世界に生まれてきて
よかった。
この広大な大地と融合できる
死が約束されていて
よかった。
人の生も草や木の見る夢
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
2005.3.26 法政大学 大友 類
この旅に参加して、人や、物事をたくさん見て、たくさん感じて、たくさん思って、たくさん考えた。そしたら新しい発見がたくさんできた。ありがとう。でもね、その発見をここに書くことはできないんだ。なんていうかさ、旅の形が今も変り続けてるんだ。21日間、一直線でかけぬけたからこそ発見できたこともたくさんある。それは事実。でもね、旅を振り返った時にもっとたくさんの何かをひろい忘れてきちゃった事に気付いたんだ。旅が楽しすぎてさ、まわりが見えなくなっちゃってたんだ。だから、今は旅の忘れ物をさ、ゆっくりと手探りで、ちょっとずつ掘り起こしてる最中なんだ。そういう理由でまだ書くことができないんだ。
だからさ、忘れ物の回収作業が終わった時みんなで語り合おうよ!! それでいいよね?みんな!!
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
2005年3月19日
小清水 宏
訪れた国は、僕の期待を大きく上回った・・・
シルクロードをまわって、見知らぬ町に着いた。幾度も戸惑いながら歩き回って、だいたい7日目で、自分が、その場所に溶け込んだ気がした。いい意味で空っぽな気持ちになった。そうすると、日本にいた時に感じられなかった楽しさ、嬉しさなどでテンションが上がってきて胸がいっぱいになった。「自分の今の持ち物はそのテンションと楽しい気持ちだけだ。」そう思えてきた。そんなふうに、シルクロードをまわったけれど、シルクロードに対する知識がなくて、結構きつかった。シルクロードの建築物に訪れた時は、ガイドさんの建物の解説とかは全然理解できなかった。でも、自分なりにいろいろ考えた。そうすると帰国した今、日本で悩んでいたことや旅に出た理由に対する回答、ちょっとした知識が少しだけ得られていたことに気づいた。移動中は筆談したり、出会ったばかりの仲間と雑談したりした。それもまた僕にいろいろなものを与えてくれた。
今、これを書きながら3週間の旅行を思い出してみると、ホントに楽しかった。今までの人生そんなにいろいろしてきた訳じゃないけど、人生で一番楽しい3週間だったかもしれない。最初のころは「3週間程度で考え方とか変わるわけないじゃん。」とか思ったりしたけど、帰ってから親しい友人に「お前、なんか少し変った?」とか言われたりした。自分で自覚はまったくない。
旅行の経験、旅行後の経験を通してシルクロードは僕に色々な物を与えてくれた。旅行から帰ってきたら、少なかったはずの自分の荷物が色んな意味で増えてる気がした(まぁ、実際増えてたんだけど)。シルクロードから持ち帰ったもの、帰国して気づいたもの。それらを自分が忘れそうになったとき、また、旅に出ようと思う。空っぽになれたあの7日目のような気持ちから色々な物を持ち帰るために・・・。
えーと、最後にこうゆうの書くの苦手だから文章がおかしいけど、気にしないで。それと旅で出会った皆さん、今後もいろいろアドヴァイスお願いしますm(_ _)m
では、また!!
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
塩川 奈々瀬
シルクロードの旅で一番印象に深かった人工造形物は交河古城です。
しかし一番思い出深いのはどこまでも変わらぬ風景の続く一本道の道路でした。バスの窓ガラスに額を寄せて見えていた風景は、ひどく単調です。黄土色の大地に時折思い出したように生えている灌木、砂漠には青空だと思っていましたが実際は砂埃の為に空は薄曇り、舗装されたコンクリートの道は点透視図法です。それらが三揃いで前方から後方へ、迫っては流れてゆきます。その道路には等間隔で木製と思われる電信柱がまるで墓標のように並んでいます。
「ああこれは長い砂漠の歴史の中で死んでいった人々の墓標のようだ」と詩的情緒に浸っていたのですがふとよく眺めてみたところ、電柱同士を繋ぐ電線がものの見事にぶつりと途切れています。
それも一本一本悉く。
こうなってしまっては、ドミノ倒し式に配線など途絶えてしまいます。
何の為の電信柱なのでしょう。
私は郷里に流れる鴨川を想起しました。
川の流れに身を委ね、上流から下流へくるくる回転しながらひたすら流されてゆく、鴨の群の事を思い出したのです。
その時同様の、なんとも言えない可笑しさが腹の底から込み上げてきました。あの広大な砂漠地帯で、道を整え電信柱を建設する労力といったら相当なものでしょう。しかし柱はあっても肝心の電線が駄目ではしょうがありません。
鴨川辺里を散歩して流される鴨の群を見かける度に、あの風景を思い出しては吹き出しそうになる笑いを堪える今日この頃です。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
長谷川 寛子
私がこの旅で学んだことは
いつも笑顔でいること
助け合うこと
毎日を楽しむこと
これらの大切さだった。
シルクロードに暮らす人々の間にはそれらが
ごく自然に存在していた。
この旅は私にたくさんのことを教えてくれた。
日本を出る時に抱えていた悩みや迷いが
すべて消えたわけではないけれど、この旅のおかげで
少し強くなれた気がする。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
小林 真希
砂漠で見た空は、私の知っている空ではなかった。それはもはや空ではなく、「天」だった。バスの窓から、列車の窓から、私は何度も天と地平線を眺めていた。天に抱かれた大地、大地を抱く天。地平線の隆起や陥没を見ながら思った、大地と天は( ? )を繰り返しているようだと。永遠に接触のない( ? )。私は少し悲しみを感じた。天と大地がいつまでたってもそんな関係だから、人間同志の悲しみなど尚更、癒えないものなのかもしれない。
しかし同時に私は胸がスッとした。天も大地も人間も皆おなじ。皆、抱き、抱かれ、大きく生きればいいではないか。この、大きな生のなかで私に言えることは、「全て無事であれ」ということ。かつてシルクロードを通じて、砂漠や厳しい道の中で多くの人々も私と同じようなことを願ったにちがいない。「この先の旅路で上手くいかないことがあっても、とにかく無事であれ」と。
私の日常の中にいる多くの愛すべき人達に贈ろう。「無事であれ。」
愛すべき人のための、愛すべきシルクロードの旅だった。
*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*
高荷 安啓
大陸はとてつもなくデカかった。
敦煌でみた星空は日本で見るのとはまったく違っていた。
シルクロードで出会った人はとても楽しい人たちだった。
たくさんの遺跡の前で、古人を想った。
今まで僕は、北京や上海といった大都市しか行ったことがなかった。
ほんの一部分を見ているに過ぎなかった。
新疆(シルクロード)はとてつもないパワーを持った場所だった。
そこで僕達は、たくさんパワーをもらった。
少ない緑、バザールの活気、ほこりっぽい空気、人々の表情、
生きるのに大変な場所で、そこでのわずかな生命に感謝して生活している
人々のおおらかさと、ず太さを
私も欲しい。
そして、このスケールの大きい人たちをさらにゆったりと包みこむ中国という国。
自分の中に、この大陸的な部分を取り込めたらいいな。
終わり