旅のヒント

参加感想

シルクロードとは― 2004参加感想

  ● シルクロードとは
    人々の行き交う道
    人々の向かう道

  ● 私にとって
    歴史の夢の跡であり、

    自ら歩いた今でも遠く思いをはせる道

 

 ♪旅の最後に、参加者に「シルクロードとは何か」、「自分にとってのシルクロードは」の二つの質問を問いかけました。以下はこの陣の参加者からの回答です・・・

                                        慶應義塾大学 法学部 4年 間々田 佳之

 シルクロード ~ それは全ての原点であった。あらゆるものの原点であった。そこには文明化されていない、衣食住の根本が存在していた。動物の原形をとどめたままの肉が売られ、頭が転がり、トイレには汚物がひしめき、悪臭を放っていた。服には動物の皮が普通に使われていた。砂漠という自然の厳しさの中で生きぬいていくために人間は自然を利用し、自然に打ち勝とうとしていた。しかし、それでもなお、砂漠は厳然と存在している。自然は人間を呑みこみ、人間はその中でなすがままに生きていく他ないのだ。
シルクロードは人間の原点ともいうべきものがたくさん存在していた。人間という存在とは何か、シルクロードは問いかけているのだ。問いかければ問いかけるほど人間存在のはかなさを意識する。栄華を極めた高昌城も交河城も、今は砂漠の中で枯れ果てている。すべての存在は永遠ではない、栄枯盛衰にぶつかる。大きなタリム河も砂漠の中で消えゆく運命にある。

 しかし、栄枯盛衰があろうとも存在自体が消えてしまうわけではない。高昌城も、交河城もタリム河も人間も存在自体は続いていく。故城として、枯れ河として、ミイラとして、、、そこに終わりはない。終わりではなく、始まりがある。そこからまた新しい歴史が始まっていく。

 僕にとってシルクロードとは全ての原点であり、始まりである。僕もこの旅を終えてまた新しい人生が始まっていく。シルクロードを出発点として。だからこの旅のことを忘れることなどできない。

33人で色々な困難を乗り越えて、旅を終えることができて本当にうれしかった。楽しかった。この奔流中国でたくさんの人と出会い、刺激を受けて、自分を成長させることができた。社会人になってもこの旅のことを忘れずに歩んでいきたい。

 みんなと別れなければならないのはとても辛いけれど、みんなここを出発点としてまた新しい一歩を踏み出すことができる。みんな、ありがとう。

 奔流中国を企画してくれた張さん、JTBの方々、現地ガイドの方々、そしてリーダーの隆史、ヒロ、修司、みんなみんなに感謝です。ありがとう。
この度はこれで終わりではなく、これからが始まりだと思う。みんな新しい人生を歩んでいくでしょう。そんなみんなに、また、会いたい。

 奔流ありがとう!再見!

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

関西大学2回生 雨堤 由希子

今回の旅で訪れた都市。
中国の東と西。
同じ1つの国なのに、済んでいる人も、宗教も文化も習慣も違う。中華とイスラムの文化を結ぶ道。
過去には、さまざまな文化を結んだ道。
この道は、一体、いままで何人の人生を変えていったのだろう。
厳しい自然の中で、自分で切り開くことを学べる道。
これからも、この道に魅せられ、この道に向かう人々は跡をたたないだろう。

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

西尾 真朋 名城大学 4年

 シルクロードを旅してみて思ったことは、歴史上どんなに有名な都市でも、遺跡でも、すぐそばにはそこでクラス人々の日常そのものがあって、シルクロードと聞くとロマン漂うなんてような言葉が浮かんで来るけど、それは長い年月にわたる人々の日常の積み重ねであって、何も遠い存在なんかではないということだった。ロバを引く人、食べ物を煮炊きする人、倉物を売る人、畑を耕す人、それら全ての日常が今に残るシルクロードを作ってきたのだと感じた。
この旅で、ぼくは初めて目のあたりにするものに感動し、はしゃぎ、大笑いし、身構えたりもした。それはまるで生まれたての赤ん坊のようだと自分で思った。シルクロードは全てが刺激に満ち溢れていた。人々も食べ物も街も荒野も砂漠も何もかも。あまりにたくさんのことを知りすぎてしまった今、ぼくはシルクロードを辿るうちに、本当に子供のように好奇心のかたまりのような自分になっているのを感じた。カシュガルのバザールでウイグル人の人いきれの中にひとりぼっちでつっ立っている時感じた言い知れようのない感動は言葉では言い表せない。そして、この度で出会えた仲間も素晴らしかった。みんな子供の頃にもどって、アホみたいにはしゃぎ回れたことをぼくは本当に幸せに思う。その中でぼくは時間というものはどう過ごしたかじゃないと、誰と分かち合ったかっていうことが一番大切なのではないかと思った。そして、僕は最高の仲間たちと最高の時間を分かち合えたことが本当に幸せなことだと思った。最後に、ツアーリーダーの張さん、ガイドのジャンさん、グリミラさん、陳さん、そして各地のガイドさん、バスの運転手さん。この人たちが居なければぼくらの旅は到底最後まで続けることは出来なかったと思う。本当にありがとう。言葉では言いつくせない感謝でいっぱいです。
それにしても、中国はバカでっかくて、いろんな人がいて、いろんな食べものがあって、いろんなトイレがあって、まだまだ見足らずじまいだった。たった3週間では、中国四千年の歴史のしっぽのほんの先っぽぐらいしか知ることができんかったのやろうなあ。すごい国だった。本当に。 おわり.

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

藤女子大学1年 西 香奈子

シルクロードとは、「果てがない道」である。
ひと山越えたらまたひと山。
どこで終わるかは、誰にもわからない。
掘っても掘っても砂。
何千年も昔、人々はこの果てない道を、ただひたすら
歩きつづけたのだろうか―――。
私は、バスの窓から見て思ったことは、恐しい、という
気持ちである。一面は全て、茶色。
自分が刻んだ足跡は、数日後には、すっかり消えてしまう。

そんな砂漠で必至に生きていた『胡腸樹』の姿である。
他の生き物がなかなか生きられないこの場所に、
まるで人間のように、もがき苦しみ、喜び、そして死んでいく。
3000年の歳月を経て、この世を去る。
そんな樹に、とても感動した。
今回私たちが歩んできた道は、実に様々な顔立ち
の人がいた。それぞれの土地にそれぞれの民族。
シルクロードは、道なき道を歩んだ。
途中で蜃気楼を見ては、足を早めたのではないだろうか。

私にとってシルクロードとは、人々が自分の足で
切り開いて生きる道、つまり、人生のようなものだと思う。
砂漠の上に立ったとき自分の小ささに気づいた。
それと同時に、自分の悩みが消えた。
もう小さなコトでクヨクヨせずに心をでっかく持とう、
と思った。

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

中村 昌文 同志社 2学年

 シルクロードとは支援と戦いながら、使命感、目的心、冒険心を持った人たちによって切り開かれた永遠の道。旅をする前は、シルクロードのイメージは何もなかったと思う。ただのあこがれだけだった。自分の足で大地を踏み、自分の目で景色を見、自分の心で感動した。自然のすごさに驚いた、驚くと同時に、恐怖を感じた。終わりのないように感じる砂漠。いつでも自分をのみ込んでしまいそうな砂漠。見わたすかぎり平地で無音の世界。いつ崩れるかわからない山々。二度と朝がこないかと思う真っ暗な夜、自分がこれらの自然を感じた時、シルクロードを歩けるのだろうか。昔の人は命の危険をおかしてでも渡ったなんて、自分には考えられない。自分の命を超える何かがその人たちをつき動かしたんだろう。張騫、三蔵法師、マルコ・ポーロ、すべて自分の足でつき進んだ人達、この人達は使命感、目的感、冒険心を持っていたんじゃないかと思う。文化の流れも人の流れに着いて来てることを感じた。西の文化と東の文化が混り合い、独自の文化を生み出し、現在でも、その歴史を感じることができる。シルクロードって、道じゃなく、人の生きざまや、歴史の流れ、文化の流れが作り出した、人の中にあるものに思える。
自分にとってシルクロードは、自分を考えさせられてくれた場所だった。砂漠に必死に登っている自分に、人間らしさを感じたし、頂上の時は単純に感動した。莫高洞の像を見た時、時の流れを超えて、自分とその時代をかぶせることができた気がする。自分はどう生きたいのか、どう生きて来たのか、今をどう生きているのか、過去、現在、未来の自分に会えた気がする。高昌故城のような所で、昔、繁栄したんだと想像できただけでもよかった。あの荒れ地を歩いている自分は、好きだった。道がなく、自分の好きな所を歩けばそれが道になるし、自分なりの発見がある。このことは自分の人生にもあてはまると思う。自分の好きな道を歩めばいい。自分が作り出せばいい。そう思うことができた。

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

日本大学 2年 野島 隆雄

 「中国へ何をしに行くの?」旅行前、人からよくそう聞かれた。そして私はそのたびに、「観光に行く」と答えるようにしていた。その言葉だけ聞くと、いかにも平凡でつまらない答えだが、私の場合少し解釈が違って、「観る、光ヲ」つまり"光を観に行く"、そういう旅にしようと考えていた。
そして実際、今回の旅の中で、様々な光を見ることができた。例えば、各地で観てきた月、朝日、夕日、星の光、上海の夜景、鳴砂山、タクラマカン砂漠の砂の輝き、莫高窟を照らし出す懐中電灯の光、カラクリ湖の湖面の輝き、パチンコ屋のようなホテルのネオン、夜行杯、エンザギエルナイフ、そしてなにより、仲間達や現地の人々の眼の輝き…。訪れた遺跡では、栄え、そして亡びていった各王国の"栄光"の面影を。
シルクロードは自分の想像していた以上に光に満ちあふれていた。33人の旅の仲間、そしてシルクロードにロマンを追い求めた探検家たちもこの荒涼とした大地で、様々な光を目にしてきたのだろう。
張さんの投げかけた「シルクロードとは何か?」という問い。それは、「人生とは、人間とは何か」という問いによく似ている。どんなに考えても明確な答えを出すことはできない。もちろん、個人個人でなんらかの答えを持つことはできるかもしれない。しかし、それだって不変ではなく、時とともにその人の中で変わっていくだろう。いくつになっても、何度行っても分からないのが、シルクロードというものなのだと思う。あえていうならば、その問いを考えつづけていくことこそが、一つの"答え"なのかもしれない。
旅の感想の締めとして、私の大好きな高村光太郎の詩を一つ紹介したい。

「僕の前に道はない。僕の後に道はできる」
今回の旅もまさにそんな感じでした! 素晴らしい旅の仲間に感謝を込めて。謝謝合作!
P.S. ヤルカンドの民家で出会った老猫、ウルムチの屋台で出会った二匹の子猫、そしてカシュガルで別れた相方の「チャオ」が、ウイグルの地でいつまでも元気に暮らせますように!

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

清泉女子大学1年 高栁 紘弓

道は果てしなく続き、
何もない砂漠をひたすら真っ直ぐ進んでいくと、
そこには必ず町があった。
町には人がいて、
そこには人々の生活があった。
盛大なバザールで
色とりどりのお店が軒を連ねる。
人々のエネルギーが集まる場所、
バザール。

人々は色鮮やかな服を着て、
茶色い日干しレンガの町を歩く。
上品な派手さが町を彩る。

町には子供たちの笑顔がこぼれる。
歩みよると恥ずかしそうな笑顔を向けてくる
少しはにかんでそこにいる
その笑顔は安らぎ以外の何ものでもない。

シルクロード、絹の道
そこにはどこまでも続く道と、
にぎやかな町と陽気な音楽、
そして―――
人なつっこい笑顔があった。

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

法政大学 文学部哲学科2年 渡邉 美輪子

シルクロードとは? 

 その問いに一言で答えはなかなか出せないと思います。
シルクロードを旅してみて、その思いは強くなりました。道というには広く、大きすぎる。歴史も私の年齢の何百倍。そんな壮大な大地を1回旅しただけでは答えは出せない。私の中の解析容量を超えてしまいすぎているからです。
けれども、シルクロードの正体はわからなくても、私の中のシルクロードの役割は"滑走路"だと(勝手に)思います。何千年もの眼にあらゆる人々があらゆる思いを持ちながら歩き、東へ西へとたどりついたように、私もあらゆる思いを持ち、考える場がシルクロードであったように思います。上海のスタート地点から西域のカシュガル、ヤルカンドへ。その間、私の中の思いや考えはシルクロードを雪だるま式に大きくなっていきました。途中途中で出会ったモノ、人々、出来事、いろんな事が次のステップへの力になっていくような気がします。シルクロードからの経験を背負い、いきおいをつけて、大きく高く飛んでいけたら…。旅の最初の不安は消え去って今ではそんな期待に変わってしまいました。
この旅はシルクロードという新しい、未知の世界への冒険だけでなく、以前から知っていた物事へのより深い理解が生まれたと思います。今まで見えなかったモノ、例えばコトバが通じるということのうれしさ、友達と楽しみを分かち合うというコト、喜怒哀楽、そういう根本的な何かをきわだたせてくれた。ありがとう。滑走路から飛び立つのも、うわついた飛び方でなく、位置確認をしながらちゃんと安全運転できるような、そんな感じです。
でも自分はまだまだ未熟です。前よりは良くなったと思うだけで。この度は終わってしまうけど、シルクロードはまだあるし、知らない世界もたくさんある。滑走路は続くようです。飛んでもまた舞い降りてまたたくさんいきおいをつけたい。うまくコトバにあらわせないけど、こういう風に今思っています。
今までの旅に手が痛くなるほど拍手したい。感謝。

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

 TSUGE KAORI HOSEI UNIVERSITY 2nd

シルクロードとは・・・。

3週間という一見長い時間をかけて
広大な中国の中でかけめぐる
シルクロードにそって旅してきた。
その間私は様々な文化にふれ、いろいろな人に出会い、優しさにふれ、笑顔をもらい、そして時には別れもあった。
私の中でシルクロードとは様々な、日本にいるだけでは経験することができないような出会いと別れの中から
自分の生きている位置を再確認する旅路だったと思う。
忙しいながらも、せまい世界ながらも、自分も独特の文化を持つ人間なんだと。

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

荻原 めぐみ 立命館大学 1回生

 今回のシルクロードの旅では、中国の広さを実感し、同時に自分の生きている世界の狭さを痛感した。自分の知らない新しいものに触れることには、少しの怖さと、多くの驚きがあった。この旅は、そんな気持ちの連続だった。その中の1つは砂漠である。鳴砂山の砂山を登ったとき、足を踏み出すたびに砂に埋もれた。息を切らして登りながら昔の人の苦労が思いやられた。砂山を登りきったときの感動は、経験した私たちだけのものである。時代が変わり、来る者の目的も変わった砂漠、シルクロードだが、時代を越えて共感できる気持ちがあるのではないか……私は、シルクロードとは、時代をつなぎ、人々をつなぐみちではないかと思う。そして、私にとってシルクロードとは自分の知らない新しい世界を切り開くみちである。1つ新しい世界に触れる度に、自分の生活の場に立ち帰り、見つめ直すことができる。それによって、今は狭い世界だが内側から少しずつ広げていきたいと思う。つまり、私のシルクロードはまだまだこれからも続いていくのだ。今回のシルクロードの旅をきっかけに更に良い旅をしていきたい。最後にこの度を共にした仲間へ本当にありがとう。

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

福岡教育大学 2年 杉村 洋美

 シルクロードは絹の道だといわれる。私は"人の道"だと思う。昔も今も人がそこを通ったから、そこが道になったと思う。きっとこれからも人はそこを歩むと思う。だから、昔と今、さらには未来にまでつづく"時間の道"ともいえると私は思う。私たちが近づいてのろし台との間を30cmにしても、その間には、確実に2500年という年月が流れているし、かつてにぎわっていた都の中を今歩いても、その間にはやっぱり想像しきれない長い長い年月が流れている。そんなことを考えながら、ずっとシルクロードをたどってきて、とにかくそこにはかりしれないものをひしひしと感じた。また、シルクロードが"人の道"だからこそ人の集まる都もできたし、かつての人は何を思ってその道をたどったのか、「人」というものを知りたくて、人はそこを昔も今も歩むのかなと思う。
シルクロードは、険しい道でもあった。砂漠やパミール高原を実際に目の前にしても感じることができた。このことは旅にくる前かrもっていたシルクロードに対する私のもつイメージそのものだった。私たちがたどったところはその一部分だけれど、とても長かった。シルクロードは厳しい道なのだ。しかし、シルクロードが見せてくれるのはそんな厳しいところばかりではなく、美しいものも見せてくれた。鳴砂山にのぼった時、途中ものすごく苦しかったけれど、登りきった時の眺め、気分は最高だった。万年雪の山々達の壮大な眺めも、あまりにものすごくて、自分にくっついている様々なものが小さくてたわいもないことに思えて本来の自分がどんなものか新たにきづくことができた。また、一緒に旅した仲間にもほんとにたくさんの刺激を受けた。同年代の子がほとんどだったから、年の功とかそういうものをゼロにして考えることができて、ストレートに自分に足りないもの、ないものに気づかされた。また、トヨさんやヒロさんと話すこともとても楽しかった。2人は一緒に話しても、見ていても、とてもイキイキしていた。やりたいこととか夢とかまだまだいっぱいもっているからだろうと思う。
今回の旅はシルクロード自体からまた、それをともにした仲間からも様々なものを見せてもらい、吸収できた。私にとってのシルクロードは"自分をうつす道"だったかな

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

同志社大学4回 濱田千晴
この旅行で、ちょくちょく思ったのは、ここは本当に中国なのかということだ。西の方へ行くほど、なんか別の国に行った気になる。人の顔、建築物、食べ物、いろんな点で自分の中の中国に対するイメージとは、ずい分かけ離れていた。でも、この西のものと東のものとの融合が、シルクロード独特の文化なんだと分かった。文物、宗教そして人の交流の場であったシルクロードは、今でも訪れる人々に、歴史、民族の多様性と大陸の広大さを実感させてくれる非常に奥深い道だと思う。
私にとってシルクロードは、まるごとひとつの大きな遺跡だと思う。約2週間ずっと広大な博物館を見学しているようだった。だからと言ってシルクロードは過去のものではなく、今もなお文物そして人を結びつけてくれている。
シルクロードは遠い古の風景を今の私たちに肌で感じさせてくれる生きた展示品、偉大な道だ。

 

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

北原 友香 (東洋英和女学院 4年)
今回は、中国をよく知りたい、奔流中国に参加してみたい、という二つの単純な動機で参加した。どちらかと言うと、何かを受ける立場として参加した。三週間の旅で強く印象に残ったのは鳴砂山で、自分には無理だと思った砂山を登り、仲間と笑顔を交わしながら走って下ったことだ。そこに何も無くてもみんなが集まってたわいもない会話をし、笑い合う。大切な時間。日常とは違う素の自分で楽しめた。この旅で、たくさんの人と出会って、いろいろなことを感じた。私にとってシルクロードは、自分を確認する作業のようなものだと思う。
シルクロードの険しい道を進んだのかと思うと、当時の人の意志の強さが伝わってくる。目的地には会う約束をしている相手やするべき事があり、目に見えない、先にあるものを信じる力はすごいと思う。信じる力の強さ、意志無しでは進めない道。シルクロードとは東西交流の過程で人と人をつなげる道だと思う。
大東文化大学3年 萩原 隆史

この旅に行く前に頭の中に思い描いたシルクロードと実際にこの目で見たシルクロードとではスケールが違いすぎてまったくの別ものだった気がした。文化と文化が融合し中国であって中国でない町なみ、人、食、文化。そこには文化、宗教の違いで争いがおきたりとさまざまな歴史をのりこえて新たな文化、伝統が生まれてきた。西の物が東に伝わり、東の物が西に伝わる。
それらを伝えたのはこの険しいシルクロードを長い月日をかけて歩いてきた人々だと思うと脱帽する。人の力強さというものをこの旅でしみじみ感じた。
実際シルクロードとは何かの問にはっきりとは答えられない。
この旅に参加する前に一応自分の中に目標というか考えがあってその答えを出すことができたらいいなと思って参加した。でも実際、答えも見つからず、逆にもっと悩む結果になってしまった。自分の人生もこんな険しいシルクロードのようなものなのかなと思うし、自分の生き方にもこんな力強さが必要なんだなとしみじみ思った。

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笠原 ヒロ子

私のシルクロードー

 小学生の時(40年以上前)カラコルム調査団のフィルムを見て、1日中調査団のテントの脇で、調査団のする事為す事を座って眺めている現地の人達を見て興味を持ちました。
大学生の時北京出身の先生に、中国の人達と生活を紹介して頂く中で、"西野(旧姓)、あなたどこに行きたいの?"と尋ねられ"想去糸綢之路!"と答え訝しがられました。
結婚して、義父がお酒を飲んで、"玄界灘を越えてよー、ゴビの砂漠で虎が吠えるよー"と唱うのを聞きました。
ずっと、シルクロードは私の行ってみたい所でした。
この次は天山山脈を越えてみたいと希っています。

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群馬大学 3年 田中 あゆみ

 私が、この旅に参加したのは、すごく偶然なことだった。私は、春休みに、語学研修に行こうと思い、お金をためていたのだが、その企画が、定員に満たなくて中止になった。どうしよう、と思っている私の耳にとびこんできたのが、このシルクロードの旅である。金額的にもちょうどよいし、めったに行けないような所には行けるし、おもしろそうだから行ってみようかな、と思って申し込んだ。そんな簡単なきっかけだったけれど、この旅をふり返ってみると、予想以上に、深く心に残る経験ができた。本当に、行けてよかったと思う。この旅に参加するきっかけになったことすべてに、感謝の気持ちでいっぱいである。
旅の途中で、張さんから投げかけられた2つの問い。シルクロードとは何か、自分にとってこの旅はなんだったか。3週間の旅が終わろうとしている今、うまくまとめることができないのだが、自分なりに出た答えを書いてみようと思う。
まず、自分にとってこの旅は何だったか。3週間、毎日、沢山の人たち、沢山の風景、沢山のできごと…今まで見たことのない、沢山のものに触れて、考えさせられること、感動することが沢山あった。それぞれの場所で、それぞれの生活をしている人たちを見てきた。私は、日本に帰ったらまた、学校に行ったり、バイトに行ったりする毎日がはじまる。それでも、この人たちはここで毎日このような生活をしていくのだと思うと、不思議な気持ちになった。同じ時間をすごしているのに、広い世界の中では、色々な生活をしている人がいるのだと思うと、それが不思議だった。そして、ならば私の生活って何なのだろう、と考えはじめた。来年、私は4年生になる。卒業後の生き方を、決めなくてはいけない時である。今までは、ふつうに就職して働く毎日って何だかつまらないかなぁと思っていた。でも、この旅で、色々な人を見てきて、平凡なことって、つまらないことじゃないと思うようになった。平凡に暮らしていても、それがこんな風に、人に感動を与えたり、深く考えるきっかけをつくることができるのだから。また、毎日が、新鮮で、楽しくて仕方なかったけれど、そんな中で、いつも頭にうかぶのは、自分の家族のことだった。ホームシックという気持ちではなくて、でも、考えていた。私が、こんな風に旅している間、私の家族は毎日仕事に行ったり、学校に行ったりしているんだなぁと思うと、とても不思議だった。そして、私が、こんな風に旅をしたりできるのは、帰れる場所があるからなんだ、と思った。安心して、帰れる場所があるから、心から楽しめるのではないかなぁ、と思った。今は、まだ帰りたくない、って思うけれど、いつかは帰りたい。帰れる場所があるって、幸せだ。そして、いつかは、私が、誰かの「帰る場所」になれたらいいなぁ、と思うようになった。それも、すごく幸せなことなのではないかなぁと思う。とりあえず、まずは、就職に向けてがんばろうと思う。
広い、広いシルクロードを旅してきて、自分が出した答えは、意外と小さなものだったなぁと思う。でも、小さいけれど、私はこの答えに満足している。広い世界を見れたからこそ出せた答えだったと思う。すごく、うれしい。
シルクロードとは何か。まだ、一言でうまく言い表す言葉が思いつかない。でも、私にとって、かけがえのない大切な思い出を作れた場所である。シルクロードとは何なのか、いつか、答えが出てくるといいなぁ、と思う。

 

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高橋 晋司 京都大学総合人間学部 2回生

 今回の旅行に僕はカメラを持たずに参加した。
写真を撮るのに忙しくなってしまうのがいやだったことや、後で写真を見て想い出にふけってしまうのがいやであることなども挙げられるが、最大の理由は観光客としてではなく、現地の人々と接したいというものであった。観光客としてチヤホヤされているうちは現地の生活を理解することなどはできないと僕は思う。
こうした覚悟で臨んだシルクロードの旅であったが、それは悔しい気持ちの連続でもあった。バスで周った各地の人々は、砂とともに実に厳しい環境で生活していたが、それを厳しいと感じるのは、僕たちだけで、現地の人々はとても力強く生きていた。彼らから見れば僕たちはやはり観光客以外のものではないことを強く感じさせられた。
旅の終わりが近づいている今、現実の生活に戻れることに正直ほっとしている。今の覚悟で僕が生活できる場はやはり日本しかない。相応の覚悟ができるまでは、しばらくこういった旅をすることは難しいと思う。
しかし、以上のことで今回の旅が失敗だったわけでは決してない。自分の甘さに気付かされたことは有意味だし、何より旅を通して様々な出会いがあった。それぞれの目的をもった仲間から刺激を受けた。20の誕生日を多くの人に祝ってもらった。みんなありがとう。

 

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福岡教育大学 玉井 妥佳

今回のシルクロードの旅は、私にとっていろいろなことを考えさせられる旅だった。33人というメンバーに囲まれ、現地のガイドさんたちなど出会った人達は、みんな個性あふれる人ばかりだった。この旅に参加しようと思ったのは、ただ単に砂漠に行きたいという思いがあっただけだった。とりあえず行ってみよう、という感じだった気がする。でも実際に、中国に来て、シルクロードを旅してきて、砂漠だけでなく、その場所のいろんな性格を見て、それに触れて、私が思った、私にとってのシルクロードは、いろんな人達との出会いだったと思う。砂漠への大きなあこがれからはじまったこの旅は、奔流のメンバーとの出会い、中国の人達との出会いを、私にくれた。日本の中のせまい場所だけにとどまって、限られた人達とすごしていた今までと大きく変わったと、今は思う。自分とは違う生活をしている人達に出会って、私も今までとは違う、これから自分にプラスになる生活をしていきたいと思った。
でも人との出会いはこれから先も続くものだと思う。だから、私のシルクロードの旅は、私が死ぬまで続くものだと感じています。
そんな旅を私にもたらしてくれた奔流に本当に感謝してます。

 

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早稲田大学 4年 田中 真紀子
シルクロードがこんなに人々を魅了し続けるのはそこが出会いの場所だから。交易路としての役割だけでなく人や町を繋ぐ場所だから。私にとって、旅においても、人生においても一番の楽しみは出会いだ。そしてまさか大学生活終了直前になってこんな素敵な出会いがたくさん出来るとは思ってもみなかった。みんなとの出会いが真に私にとってのシルクロード ~交流、出会い、笑い、感動の旅路~。
どこまでも続く地平線、列車の左右の窓で違う景色、まだまだ世界は広く、行きたい場所、知りたいことが山ほどあることを再確認できた。行けるところまで行きたい。もっと高く、もっと遠く。自分の中にみなぎる力、溢れ出す思いを思いっきり表現したい。そんな気持ちに応えてくれる旅だった。
この旅で出会えた全ての人、もの、街、そして旅の仲間達に心から感謝します。謝々。

 

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あき こと 秋月 宏美 京都精華大学2回

写真や、絵、文章などで知っているシルクロードは美しいものだと思っていた。美しいものを見たかったのでこの旅に参加した。実際どうだったかというと、それは違った。砂漠はそこにあるだけで、町もまちとしての存在だった。ただ私が感動をするのは、そこに自分や、人がいるということだった。実際私がみているものは、自然ではなく、人がつくったものだった。それは自然への感動ではない。はっきり言って私は自然には感動しなかったようである。ただ、誰かが見たり、聞いたりしたものではなく、現実にふれられた感動はある。やっと砂漠や、遠い中国の地が、自分の中に存在した。
自然とは、人がつくるものだ。そしてシルクロードはつくられた自然だ。人がつくりあげたからこそ、とても美しい。

 

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早稲田大学4年 岩本 香奈子

 私にとって、最初はとてもつまらなく感じ、途中からとてもおもしろい場所だと感じたまちがコルラです。イスラム色がとても強いカシュガルやヤルカンドから、中国・極東的なものへとつなげてくれたのがコルラであり、シルクロードは極東の日本へと伸びているんだと私に実感させてくれた場所でした。コルラの食料市場は、バザールの雑多な部分とわれわれの整然さを兼ね備えていました。極東風の太った白菜と西域の香辛料が売られていました。
私が初めて「シルクロード」ということばを知ったのは、小学生のとき奈良で開催されたシルクロード博覧会というものに連れていってもらったときでした。そのときはただ、タクラマカン砂漠を再現したというパビリオンに入ったりしただけなのですが、歴史を学んだときに東西文化の行きかった道と教えられ、自分なりに想いをはせるようになりました。そして実際行ってみたシルクロードは…遠い記憶の中に埋もれた道でした。

 

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

 

大島 純子 (大東文化大学 2年)

 船と、列車と、バスで訪れたその地はあまりにも広く、真っ直ぐ、果ての知れない台地だった。そんな地に最初に足を踏み入れようと思った人の強い精神力、その勇気を私は見習いたい。いつまでも夢を持ちつづけ、探求心や好奇心を失うことのない人でありたい。
地形とか、環境だけではなく、民族とか、血とか、歴史とか…訪れた街のそれぞれに全く違う顔色があって、『中国』の一言でまとめあげることのできない、またはまとめてはいけない広さなのだと痛感した。喀什のガイドさんに、「あなたは何族の日本人なの?」と聞かれたけれど、私はそれに答えることができなかった。ただ何の疑問も持たず日本人として過ごしてきた。国とか、歴史とか、もっと深く重く考えるべきことはあるのだと思う。
今回、皆の配慮と協力で、シルクロードを自転車で走ることができた。何という幸せ!感激!!
真っ直ぐな道、私以外に生物の気配のない道、風の音以外、聞こえるものは何もない道。初め、風の音を気持ち良く聞いて走っていたけれど、突如、不安にかられた。―――今、ここにはあたし一人なんだ、って。それでも私が前に進むことができたのは、後ろからみんなが追ってきてくれることがわかっていたから。それだけで、走ることができた。人は一人じゃない、何かアドバイスをくれるとか、そんなのなくて、ただ「居る」という存在だけで強くなれるのだ、と感じた。「居る」だけでも十分なのに、さらに自分のことを愛してくれている家族や友や恋人がいる。日常の生活の中で、当たり前の存在になっている人たちに対し、私は今まで以上のあたたかい感情で触れ合うことができるようになったのだろう。

 

*・☆・**・☆・**・☆・**・☆・**・☆・*

 

中京大学 1年 社会学部 松本 京子

・シルクロードとは何か。
シルクロードとは、一つの道である。この道があって初めて、遠くの文化と文化が出会い融合した。その道に人も交わり、シルクロードの端と端では人の顔のつくりが全然違うことに気付く。街の雰囲気もガラリと変わる。乗物も車から、西へ行くにつれ、馬やロバに変わった。変化がありありと感じられる道。

・私にとってシルクロードとは何か。
私にとってシルクロードとは人との出会いの場だった。この奔流に参加した人たちとの出会いもそうだが、この旅で交流したヤルカンドやニヤやホータンの人たちのことだ。漢民族ばかりだった場所から、だんだんとイスラム圏の人たちの顔へと変わっていき、日本語で話したり、身振り手振りでも交流できた。行くところどころにいろんな人がいて、みんな暖かく、優しかった。中にはそうでない人もいたけど、外国人ということでけげんな顔をされたりしたけど、こちらが笑顔で「ヤクシマシーズ」とあいさつすれば、空いても顔を崩してあいさつを返してくれた。たくさんの人に出会えたシルクロード。同じ中国でも東と西では大違いだった。食べ物も違えば、うたう歌も違った。西の人たちはよく歌い、よく踊ってた。シルクロードは永遠に続く、という張さんの言葉がわかった気がした。これからもあの道は続いて、様々な人や物の行き交う道なんだろうと思う。

 

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北九州市立大学 4年(5回生…) 愛媛 西本 祐子 24才

 今回この旅に参加したのは、別に砂漠やシルクロードに興味があったわけではなく、卒業式(3/15)までに帰れる日程で、期間が長く、へき地に行けるというコトだからでした。本当はインドなどアジアの熱い国に行きたかったのですが、その辺は1人で行けそうな気がして、中国の砂漠などツアーとかでしか行く機会ないだろうナと申し込んだわけです。とにかく日本からしばらく離れていたかったわけです。
なぜ離れたかったかとゆーと、日本とはちがうところに身をおいて、現地の人々と接したり、景色をみるコトで なにか ドッカ―――ンξと後頭部を思い切りなぐられるような、いわゆるカルチャーショックというものをうけてみたかったのです。よく旅にでて、人生観かわったという話をききます。私もそーゆー経験をしてみたかったのですが、今回の旅ではそーゆーことはありませんでした。シルクロードとは何なのか、私にとってのシルクロードとは何なのか…はっきりいって、この旅の目的すらはっきりしていなくて、張さんに「つねにこの旅の目的は何なのか」と言われていましたが、ちょっとあれこれ思い描いてみるものの
何だろ~~?と。いまいち「コレ!」というものが見つかりませんでした。やっぱり言葉にあらわせないと旅の意味はないのでしょうか?異国にいって、現地の人々の生活をかいま見て、少し交流して、日本の仲間ができた。日本じゃ味わえない体験がいろいろできた。そんなかんじです。
この旅で得た物、それは ☆渡道術☆☆ 横断歩道なんてクソくらえですね!日本に帰ってもこの調子で渡ってしまうかも。でも日本じゃムリだろうナ。あと、やっぱり私は「何でも喰える」というコト、順応性があるコトを再確認したコトでしょう。これからも どんどん世界中の食べ物喰いつくしてみたいです。そしてドッカーンと人生観かわるの求めてさまよいつづけたいです。
張さん、ありがとうございました。

 

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内野 みどり 藤女子大学 1年
私にとってこの旅とは

 私はこの旅で本当にたくさんのものを得ることができた。一人で勉強して得ることなんて決してできない、もっともっと大切なことを学んだ。
この広い土地を移動する間にたくさんの人との出会いがあった。言葉はかわすことができないが、わたしたちをあたたかくむかえてくれた。行く先々で現地の人のやさしさに触れることができた。
貧しく、生活を送ることがとても大変で困難なところも多かったのだと思う。幼い子供たちがひっしに物を売っていた。仲良くなった子供がひっしにお金をせがんだ。つらく、とても複雑な気持ちになった。考えさせられることがとても多かった。
私たち日本人の生活はものにあふれ、何不自由なく過ごしている人がほとんどである。恵まれた環境におかれ毎日を過ごしていることはたしかだが、はたして本当に幸せな生活を送っていると言えるのだろうか。
この広い世界には私が知らない様々な生活を送っている人がいる。貧しい人、差別を受けている人、つらく苦しい感興におかされている人…。しかし、人は誰でも自分しだいで幸せな生活を送ることができるのだと思う。そのために努力することは必要だが、そうすれば必ず得ることができるのだろう。
子供達が見せてくれた普段の笑顔はとても明るく素直であたたかいものだった。私はその笑顔を見てとてもうれしかった。そこから大切なものをもらった気がする。言葉ではうまく表すことができなく、人にうまく伝えることができない…。しかし、本当に大きく大切なものをもらった。
21日間という短い間に本当にたくさんの人と出会うことができた。一緒に旅をしたいい仲間ができた。みんなに優しくしてもらい、みんなから色々なことを学んだ。ありがとう。
私にとってこの旅は始まり。たくさんの人との交流により、学びたいこと、やりたいことがますます増えた。夢、希望に向かってがんばっていきたい。この旅でもらったあたたかく大切な気持ちを忘れずに…。

私にとってシルクロードとは

 私にとってシルクロードとは「自分の未来への道」だと感じた。これからの人生、様々なことを経験するのだと思う。楽しいこともあればつらいこともあり、困難をいくつも乗り越えて行かなければならないのだと思う。
張さんが言っていた言葉で「砂漠が道をのみこむのか、それとも、この道が砂漠を切り開いて行くのか。」といったものがあった。
私はこれからの人生、様々なことを経験し、困難を乗り越えて自分の道を自分の力で切り開いてゆきたい。夢・希望に向かって。

 

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飛山 歩 明治学院大学 1年生

 この旅で、私は今までに見たことなかったこと、知らなかったこと、聞いたことなかったこと等、たくさんのことを初めてした。それは、良いことだった、と言えることばかりではないけれど、全てのことが何かを感じさせてくれた。
まず、最初に、長ーく続くまっすぐな道に感激した。そして、列車から見える、建物が何1つ見えない、パーッと広がる風景に感動した。そして、鳴砂山で、ラクダに乗り、ゆられ、鳴砂山を自分の足で登り、我を忘れ、転がりながら山を下った時、すごい開放感を味わい、自分の小ささをすんごく感じた。
この旅では、本当、多くの民族、人々に出会った。人々の優しさを感じたときもあれば、あまりの文化の違いにとまどいや、悲しさを感じることもあった。でも、みんな、必死に生きているというか、とってもイキイキとしていることが多かった。
この旅は、本当に移動移動の毎日だった。移動するごとに、同じ中国、同じウイグル自治区なのに、雰囲気が違っていて、いつも違う国になっているようだった。だから、今回、中国しか行っていないのに、たくさんの国を旅してきたような気分がする。すっごく中国のイメージも変わった。
この旅は、本当、毎日毎日が新鮮で、多くのことを感じさせてくれた。すごく自分の小ささや、無知さを感じ、世界の広さを感じさせられた。そして、何よりも、すんごく大事な仲間がたくさんできた。この仲間たちからも、たっくさんの影響をもらった。3週間という間しか一緒にいなかったのに、すんごい昔からみんな知っているような感じがする。年も、性別も、出身も違う仲間が、何か同じものを求めてこの旅へきたからだろうか、同じにおいのする、個性豊かな仲間たちだと思う。
こんな旅、こんな仲間って、そうそうないと思う。この旅、そのものが、私にとってのシルクロードである。
そして、最後にシルクロードとは、ひたすら続く長い長い道。文化と文化がまじり合う、光り輝いている道だと思う。

 

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